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3.訴訟に踏み切ることになった背景とその影響

 開発事業者Y₂が計画した白保の大規模リゾートホテル建設計画について、白保住民で共有した問題点は、「1.2 住民があげた問題点」で示したとおり、次のような点であったが、集落から数百メートル先に大規模リゾートホテルができるということが住民にインパクトを与えたのは、白保地域の歴史や環境保全への取り組みに力を入れている地域特性が影響していると考えられる。また、住民の中には、ホテル建設に賛成する者や、訴訟まではしない方がいいという意見もあり、住民全員が一丸となっていたわけではない中で、どのように訴訟がはじめられたのか、などについてまとめた。

住民があげた白保リゾートホテル計画の問題点

●浄化槽排水を地下浸透することによる海域への影響

●交通量の増加や風紀の乱れなど、年間10万人を見込む利用客による生活や自然への悪影響

●建物からの光害や景観破壊

3.1 概要

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 白保は、農業が盛んな集落であるが、集落の北東の海域は国立公園の海域公園地区に指定されていて、北半球最大規模といわれるアオサンゴ群集をはじめ、貴重なサンゴ礁生態系が現存し、白保の住民は昔からサンゴがもたらす魚貝や海藻といった海の恵みの恩恵を受けている。

 現在は、サンゴの海をシュノーケルで楽しむエコツアーが人気だが、エコツアー事業者は魚業と兼業している場合もあり、独自にサンゴの海の利用や保全に係るルールを設け、沖縄県から保全利用協定の認定を受けている。また、環境NGOのWWFジャパン(公益財団法人世界自然保護基金ジャパン)が2000年にサンゴ礁保護研究のための施設(しらほサンゴ村)を開設し、地域とのかかわりを深めたことも影響して、住民は海の利用と保全についての関心が高い。白保地域の自治組織である白保公民館は、「海と緑と心をはぐくむ、おおらかな白保」を目標とした白保村ゆらてぃく憲章を制定し、伝統行事を受け継ぎながら、村づくりに取り組んでいる。

 沖縄県が1979年に白保海域を埋め立てて空港を建設するという新石垣空港建設計画を進めようとしたことから、地域住民が賛成派と反対派に分かれて争ったつらい歴史がある。新石垣空港問題は、全国的な批判にもさらされた結果、沖縄県が計画の見直しを表明し、海域を埋め立てる計画は撤回され、白保の陸域に現在の新石垣空港が2013年に開港した。

 空港問題の争いを体験した高齢の白保住民も健在で、また石垣島は土木建築関係の仕事に携わる人口が多く、白保も同様であることから、人間関係が密な地域社会の中で開発計画に対して反対や中止を求める意思表示がしにくい環境であるといえる。

 それでも、ホテル建設計画が公表されると、公共下水道が無い土地で浄化槽排水を地下浸透処理することや年間10万人以上の利用者を見込んでいる観光施設が集落の数百メートル先に建設されることが、人口約1600人の静かな白保集落で先人から受け継いできた海とのかかわりのある生活をしている住民にとっては、大きな衝撃となった。

 

これらを背景にして、訴訟に踏み切った理由は、主に次の点であった。

  1. 法律の手続きに則ってすすむ開発を止める手段が訴訟しかないこと。

  2. 抵抗せずに見過ごせば、子供たちが暮らす将来の白保に訪れる脅威は、より住民の意向をくみ取らないものになりかねない。

  3. 訴訟によって明らかになる事実もある。

  4. 自治組織である白保公民館の臨時総会で、計画に「不同意」の決議があった。

  5. 開発事業者と協定を結ぶなどして妥協や譲歩をしても、開発事業者が将来にわたって約束を守る保証はない。

  6. 失われた環境は取り戻せない。

3.2 提訴に影響を与えた白保地域の環境や事情

(1)白保集落について

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 白保は、石垣島の東に位置し、赤瓦屋根や石垣、フクギの屋敷林など昔ながらの沖縄の景観を残し、祭りや芸能などの伝統が受け継がれている。人口は約1600人で、稲作、サトウキビや畜産が盛んな農村集落である。

 西表石垣国立公園の海域公園地区に指定されている白保海域は、南北に10km以上つづくリーフに囲まれ、北半球最大規模といわれるアオサンゴ群集をはじめとして120種以上のサンゴや300種以上の魚が棲む豊かな海で、貴重なサンゴ礁生態系とサンゴ礁景観が残り、農村集落でありながら、海の恵みは昔から“魚湧く海”と呼ばれるほど地域住民の暮らしを支えていた。以前は、サンゴを建材に利用したり、1日の終わりに農耕用の牛や馬の体を海辺で洗うなど、白保の住民の暮らしは海ととても密接につながっていた。海はまた、祭事や神事の場になるなど、住民にとって特別な場所となることもあった。白保には“船着き場”と呼ばれる小さな船溜まりもあり、住民の中には八重山漁業協同組合に加入している漁師もいる。また、船でポイントまで行きシュノーケルでサンゴ鑑賞を行うエコツアーも人気である。

(2)住民を二分した新石垣空港問題

 1979年、沖縄県がそれまでの石垣空港に替わる新石垣空港を白保海上に建設する計画案を決定。市街地に近く、ジェット機の就航により騒音が激しくなり問題化していた石垣空港の移転先として、白保地域の住民から事前の合意を得ることなく白保海上案が決定したことから反発が強まり、反対運動が始まった。反対運動は過激なものとなり、県の調査に妨害が入らないように機動隊が出動し、逮捕者まで出る事態になった。1984年末には地域の自治組織である白保公民館も分裂し、伝統行事まで反対派、賛成派に分かれて営まれ、家族や親せきの中にも対立が生まれた。この分裂状態は1994年まで続く。

 反対運動が始まった当初は、反対理由は、騒音公害や漁場破壊、生活環境破壊だったが、1983年に研究者が白保海域のサンゴ礁生態系の価値や保全の必要性を訴え、白保地域以外の市民からも反対の声が上がったことからサンゴに注目が集まり、自然環境保全の運動として広がることになる。

(参考 「新石垣空港物語」 八重山毎日新聞社)

 

 新石垣空港問題は、白保地域の住民にとっていまだに重くつらい記憶として残り、空港同様、開発に反対する意見をいう住民もいれば、当時のしがらみを避けるように今回のリゾートホテル問題に対して賛成・反対の意思表示を公にしない住民も多いと感じた。

(3)WWFジャパンしらほサンゴ村と住民組織

 環境NGOの公益財団法人世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン)は、2000年4月に、白保に“サンゴ礁保護研究センター しらほサンゴ村”を設立した。その目的は、白保のサンゴ礁の調査と保全活動を行い、白保をはじめとして、沖縄を中心とした南西諸島で、それぞれの地域が主体となった環境保全に関する活動を行い、持続可能な地域づくりを目指すというものだった。

 WWFジャパンの働きかけもあって、白保では集落の伝統文化、自然環境の保全・継承、地域の活性化などの村づくりに取り組むNPO夏花が設立され、伝統的な自然の恵みを利用する知恵を受け継いだ地域特産品の販売をする白保日曜市は、収益をNPO夏花の環境保全活動に還元する取り組みを行っている。また、漁業、海にかかわる観光業を営む事業者を中心として、白保の海とその周辺の自然環境・生活環境の保全・再生とサンゴ礁資源の持続的な利用による地域振興の両立を図る協議会も設立された(白保魚湧く海保全協議会)。そして、白保リゾートホテル問題に対応するために、これらの住民組織に漁業者でつくる白保ハーリー組合が加わり、白保リゾートホテル問題連絡協議会が設立された。

 白保リゾートホテル問題では、集会や問題の周知活動などにしらほサンゴ村を利用させていただきながら、住民組織と共に問題点を共有させていただくことができ、心強く感じられた。

(4)白保村ゆらてぃく憲章による村づくり

 自治組織である白保公民館は、2006年に「海と緑と心をはぐくむ、おおらかな白保」を目標とした白保村ゆらてぃく憲章を制定し、次世代に守り伝えたいものを明確にし、村をあげてその保護、継承とその活用による白保村の活性化に取り組んでいる。

 憲章によって、公民館が白保のあるべき姿を示しているので、それを基準として判断や行動が起こしやすいというのが、訴訟に影響を与えたことは間違いない。

白保村づくり.jpg

3.3 意思決定や合意形成にかかわる背景

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(1)地域の自治組織として開発計画に同意しない決議

​​ 白保地域の自治組織である白保公民館は、2018年11月の臨時総会で開発事業者Y₂が示した開発計画に不同意の決議をし、計画への意思表示を明確にした。

 これは、石垣市自然環境保全条例および同規則が開発行為を行う事業者に対して、開発行為の届出を義務付けし、届出に当たって市民へ周知し同意を得ることを必要としている(同第31条)ため、白保公民館には事業者から同意の確認が求められていたことによる。同条例は、開発行為が適切であると認められるときは、市長は同意をすることを定めている(同第18条)。そして、市民から同意を得られない場合、開発行為は適切あるとは認められず、市長の同意を得られない。

 地域の自治組織が明確に意思表示をすることで、開発行為が住民の同意のない企業行為であることが明確になったので、住民の代表として訴訟を起こすことのハードルが低くなったことは間違いない。

石垣市自然環境保全条例 第18条 市長は、届出のあった開発行為等が適切であると認

(2だれが原告になるか

 白保リゾートホテル訴訟では、白保海域で漁業を行う漁業者と白保でサンゴ観賞のガイドを行っているエコツアー事業者合わせて7名が原告になった。提訴に当たっては、全国的に訴訟への参加を呼び掛けて、原告の人数を拡大して訴訟自体のアピールをおこなうという案も出されたが、その選択肢はとらなかった。訴訟手続きが煩雑になることもあるが、白保には過去の空港問題のつらい経験から開発に反対して争うこと自体を敬遠したり、地域住民を二分してしまう懸念を抱く住民もいるなかで、訴訟という争いへの参加を広く呼びかけるのはふさわしくないと考えた。

 また、代理人を引き受けていただいた弁護士の方々からは、漁業者とエコツアー事業者は、白保海域に対して漁業行使権や営業権など明確な権利・利益を保有し、なおかつ保全利用協定を結んでその権利・利益を将来的に継続的に享受できるように権利の基礎となる環境保全に積極的に取り組んでいることは、訴訟が成立するための(門前払いされないための)原告適格として重要であるという説明があった。

(3開発計画に対する事前の検証

 振り返って良かったと感じるのは、計画に対する反対感情だけで提訴に動くのではなく、ホテル建設による影響について、開発事業者による説明を鵜吞みにせずに自分たちで情報を集めて検証し、訴訟に臨む心構えができたことだ。

浄化槽排水の処理について (1).jpg

 開発事業者側の説明では、結局、開発事業は法令の範囲内で行うことが約束されるだけで、開発によって生活環境に大きな変化を被ることになる住民の懸念に対して示されたのは、「配慮する」「努力する」「検討する」という言葉で語られる説明だった。開発事業者の説明を鵜呑みにして、開発事業者の思い通りに計画が進むと、住民の懸念が現実となる可能性は高いことが分かった。そして、現実となった懸念に対して、開発事業者は責任を取ることができるのかどうかは明らかにされていない。

(4訴訟という手段について考えたこと

訴訟のメリット (2).jpg

(5訴訟でしか止められない開発許可制度

 住民は、石垣市や沖縄県に問題点の指摘や署名の提出、沖縄県議会への陳情を行ったが、行政手続きは都市計画法が定める開発許可制度に則って行われることから、住民の懸念や意向がどうであろうと開発許可の基準に適合するか否かでしか行政は判断できないという事実を突き付けられた。法律の基準を守っている限り、開発を行う開発事業者の権利を行政が妨げることはできず、もし法律の根拠なしに開発計画を止めようとすれば、行政機関は事業者から訴えられてしまう立場におかれている。

 本件では、結果的に2018年3月末に開発許可が出され、住民としては、訴訟を提起するか、あきらめるか(交渉して地域への配慮や保証を得られる可能性も)という選択に直面した。計画を止めるには、訴訟を提起するしか残された道はなかったのである。

3.4 訴訟費用について

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 果たして私たちに訴訟費用を負担できるのか、ということが大きな懸念であった。代理人を引き受けていただくにあたって、弁護士さんから提示された目安は総額で200万円であった。200万円はあくまでも目安で、実際に私たちが原告と共にかかわった本件訴訟で発生した費用は下表のとおり。ただし、訴訟の内容や弁護態勢によって訴訟費用は変わるはずであり、特に私たちの場合は、離島で提訴し沖縄本島で裁判が行われるという地理的なハンディキャップによって費用が増加している反面、原告の請求は却下され、審理されないまま判決が下されたので、金額はあくまで参考程度にしかならないと思われる。

 白保リゾートホテル問題は地域の問題であり、原告は地域を代表して提訴しているという気持ちから、当会が訴訟費用等を支援するためにホームページや白保リゾートホテル問題を説明したチラシでカンパを募った。幸い、多くの人たちから寄付をいただき、訴訟を継続することができた。支援をいただいた方々には心から感謝し、ホームページで会計報告とともに訴訟の進捗状況を報告し、メールアドレスをお知らせしてくださった方には、メールでもお知らせをさせていただいた。

 私たちは活用しなかったが、クラウドファンディングを利用して訴訟費用をまかなう取り組みも見受けられる。

奄美大島の嘉徳浜の護岸工事に係る住民訴訟のクラウドファンディング

奄美の森と川と海岸を守る会、嘉徳浜弁護団及び、自然の権利基金

会計報告
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3.5 原告になることについて

 白保リゾートホテル問題は、地域の問題であり、自治組織である白保公民館が開発計画に対して“不同意”の決議をしたが、住民のすべてがこの計画に疑問を持ち、反対していたわけではなく、空港問題のつらい経験が住民の気持ちの中に今も影響していたため、自治組織である白保公民館が原告になって訴訟を提起するまでにはいたらなかった。そのため、開発計画に対して懸念を抱く住民を代表する形で訴訟の原告となったのは、白保海域で漁をする漁業者と船でシュノーケルによるサンゴ鑑賞のガイドを行っているエコツアー事業者のあわせて7名だった。(「3.3(2)誰が原告になるか」を参照)

 原告の7名は、自分たちが生活の基盤としている白保海域への悪影響が懸念されるからとはいえ、原告になることについて心配がなかったわけではない。原告になった者だけがわかる事情や思いを訴訟にかかわった人々が共有することは大切だと考え、原告の協力のもと以下にまとめた。

(1)「原告を経験して」 原告団代表 新里昌央

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(2)原告への聞き取り

次の点に絞って原告にアンケートに答えてもらい、まとめた。

  1. 原告になる前に心配していたことは結果的にどうだったか。

  2. 原告になって気が付いたこと、思ったこと。

  3. 原告になるか迷っている友人から相談されたときの答え。

原告になる前に心配していたことは結果的にどうだったか

  • TVで見るような法廷での答弁などがあるかと思ったが、法廷にでることはなかった。(注:第1回口頭弁論で意見を述べることはできる。)

  • 海に負荷をかけるレジャーを仕事にしているのにホテルが海に悪影響を与えるという理由で建設に反対して訴えると、自分勝手なエゴだと非難されるのではないかと心配したが、そういう非難はほとんどなく、逆に応援の言葉ばかりだった。

  • ほとんど何もすることがなかった。

  • 莫大な費用がかかるかもしれないと、家族に迷惑かけるのでは、と少し心配しましたが、沢山の支えがあって大丈夫だった。

  • ​毎回裁判に行かなくてはいけないのかと思ってましたが、そんなことはなく、嫌な思いをわたしは、したことがないです。

原告になって気が付いたこと、思ったこと

  • 住んでいる白保の住民の声を代弁できたのか?
    代表として原告の声をまとめられていたのだろうか?
    配慮なさ過ぎて、支援する会にまかせすぎた。

  • 改めて、白保の海で仕事をさせていただいている事に感謝しました。今までは仕事があって、お客様が来てくれて、自分は仕事をする、深く考えず日々働いていましたが、今の世の中はあって当たり前の自然はなくなってきていると深く考える事ができました。そして何より、仲間がいる事が有り難く白保の村はすごいなーと感じました。

  • まったく後悔がなく、むしろ少しでも役に立てて嬉しかった。

原告になるか迷っている友人から相談されたときの答え

  • 争いは好きじゃないので、原告にも被告にもなることがないのが望ましいと思うけど、「おかしい!」っていう違和感から目をそむけ、「無言が平和」と思うのは、間違っているから、やっぱり声を上げるのは、大切だと思う。まずは自分との戦い!一人ではできないことも、仲間や同志の存在で何とかなることもある。海の神が背中に居ると信じ、頑張ってこられました。

  • 海のため、自然のため、一緒に戦おう!初めは小さな行動でも、人が人を呼び、大きな力になるから一緒に頑張ろう

  • まずは1人で立ち向かえる問題ではないので、理解者をつのって何名かで原告になることがいいと思います。

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