2.白保リゾートホテル建築差止訴訟について
2.1 概要
白保リゾートホテル建築差止訴訟とは、白保海域で夜間の電灯潜り漁を行っている漁業者とサンゴ観賞のシュノーケルツアーを行っているエコツアー事業者の計7名が原告となって、2018年9月に開発事業者Y₁を被告として、ホテル建築計画の中止を求めて提訴した訴訟。
白保海域は、西表石垣国立公園の海域公園地区に指定されており、北半球最大といわれるアオサンゴ群集をはじめとして、貴重なサンゴ礁生態系と美しいサンゴの海中景観があるため、白保には漁業や観光業に携わる住民もすくなくない。
開発事業者Y₂が石垣島に子会社Y₁を設立して開発許可を申請した(仮称)石垣島白保ホテルプロジェクトは、計画地に公共下水道が無いため、ホテルからの浄化槽排水は地下浸透処理される計画だった。そのため、専門家や環境NGOからは地下水による海域の富栄養化が懸念される意見が出された。また、建築工事中に赤土が流出し、サンゴに重大な影響を及ぼすことも心配された。しかし、沖縄県が年度末最終日2018年3月28日に開発許可を出したことから提訴に至った。
被告のY₁の親会社である開発事業者Y₂は、同年10月に被告Y₁を吸収合併したことから被告の地位を引き継いだ。被告となったY₂はまた、排水計画の変更を含む大幅な建築計画の変更を11月に公表した。
訴訟経過
2018年
【第1回弁論】
被告会社の吸収合併や建築計画の変更予定が示され、原告の意見陳述が行われた。
<計画変更の影響>
訴訟の原因である建築計画の変更内容についての進行協議が一年以上にわたり繰り返された。しかし、肝心の排水計画の変更内容が確定されなかったため、開発許可を受けた現行計画を訴訟対象とすることを裁判所が決定した。原告側は、現行計画が浄化槽排水の地下浸透処理に必要な土壌の条件を満たしていないため、計画を変更しなければ建築許可を受けられないことを指摘した。
2020年
12月 6日
1月28日
【第2回弁論(結審)】
実施できない現行計画に対して中止を争う必要 はないため原告は差止請求の取下げを申し立てた。しかし、被告が取下げに同意しなかったため認められず、結審した。
3月 3日
【判決】
原告の請求を却下する判決(原告敗訴)。理由は、開発許可を受けた現行計画でホテルが建設される具体的なおそれはなく、原告がその差止を求める訴えの利益がない。という内容。
判決では、開発許可を受けた現行計画は、排水計画について必要な保健所との事前協議で問題点を解消するための変更の見通しが立っておらず、建築確認が下りる具体的な見込みがない。と認定された。裁判所が、現行計画には変更が必要であることを認定したことで、被告は計画変更をして「開発許可の変更許可」*を得なければならないことが裏付けられるにいたった。
*排水計画の変更は、開発許可の変更許可が必要になることは沖縄県に確認済み。
2.2 訴訟への関わり方(積極的に関わり、相手方の主張を検証)
訴訟では、相手方が事実らしく述べているが、実は事実ではない主張をすることもある。住民も相手方の主張に目を通すことで、代理人弁護士が気づかない地域の事情に関する矛盾や間違った主張を見つけ出し、相手の主張を崩すことに貢献できる。
訴訟の内容にもよると思われるが、民事裁判における主張は、自分たちの行為の正当性を主張し、“正当である”(不当ではない)という印象をいかに裁判官に伝えるかを徹底する。原告も当会のメンバーも、訴訟にかかわることは初めてだったので、裁判での被告の主張に驚くことが多かった。
本訴訟では、審理に入る前に却下判決が下されたので、それまでに行われた非公開の進行協議での被告の主張を具体的に例示することは控えるが、訴訟前の2018年11月に白保公民館長に提示された計画変更についての資料*では、事実を実際より大きく、効果的なものとして印象付ける表現で説明がされていたことをもとに、このテーマについて説明する。
(1)問題視された開発事業者による説明
生活雑排水を浄化槽処理したあとに希望者に提供する計画について、単に既製品の大型浄化槽で排水処理をして、排水を再利用する仕組みであるにもかかわらず「再生水プラントを建設し」と説明している。そしてその浄化槽排水を希望者に提供すると説明していることから、地域にも貢献する環境に配慮した計画であるという印象を与える説明になっている。
しかし、相手方が行った主張について、根拠となる事実の検証を行ったところ、地域の実情を考慮しない机上の空論であることがわかった。こういった主張が訴訟で裁判官に狙い通りの評価を与えることを積み重ねて判決に影響を与えることは避けなければならない。
(2)当会が行った検証
①「再生水プラント」とは、どういうものを指しているか?
単に、既製品の大型浄化槽で排水処理を行うものであった。浄化槽は、そもそも再生水を作ることを目的とした装置ではない。浄化槽排水の農業利用というのが正しい説明であると考える。
②そもそもどのくらいの排水を処理するのか?
最大で日量約300㎥(≒約300t 10tダンプで30台分)。農家が水を必要としない雨の日にも、ホテルが稼働している限り毎日排水される。果たしてその処理はどうするのか?事業者の資料には説明がない。
③白保の農家にはどのくらい需要があるのか?
白保には、土地改良事業で広範囲に灌漑設備が設置され、スプリンクラーなどが設置されている畑や草地が多い。これらの農家は、設置された設備から給水するため日常的な給水需要は見込めない。確かに台風の接近が少なかったり、梅雨が少雨の年には夏に干ばつになって散水車(4tトラック)で灌漑設備のない畑に散水するごく限定的な需要はある。しかし、毎日300tの水量を消費する需要はありえない。
④どのようにして水を提供するのか?
各農家が自主的にもらいに来るという想定。農家が軽トラックに積めるのは、350Lタンク(0.35t)。通常は、農薬散布等のために使用している。土地改良されていない畑は、主にサトウキビや牧草地に利用されている。どちらも広い面積なので、350Lの散水ではまったく役に立たない。また、白保の農家は散水用の設備を保有していないので、提供された水を効果的に散水することができない。また、土地改良されていない農家は散水用の設備を保有していないので、提供された水を効果的に散水することができない。また、農家に浄化槽排水を供給するためには、貯水タンクも必要になる。設計上、ホテルの敷地内に農家が供給を受けるためのタンクや駐車場スペースがあるのか、を確認することで計画の現実性がわかる。
⑤希望する農家は何人くらいいるのか?
この点については、調査が間に合わず具体的な人数まで確定することはできなかった。しかし、希望者を確認するまでもなく、農業の種類(野菜、米、畜産)や土地改良のかんがい事業が整備されているか否かで、ある程度の人数は推定できる。その人数が、実際に現状でどの程度の日数分、農業用水を必要としているかを算出すれば、この計画がどのくらい地域に貢献する仕組みなのかが評価できる。
2.3 開発許可を受けた計画が、建築確認を受けられる見込みがないと判断された理由
裁判では、被告Y₂が第1回弁論で変更を表明した計画の変更内容が確定していないことから、数回の進行協議を経て、現行計画を訴訟の対象にするという決定がされたため、あらためて現行計画について調べ直すことになった。
沖縄県から開示された開発許可通知書*₁には、開発許可の条件として「浄化槽処理水の地下浸透処理について、沖縄県浄化槽取扱要綱に基づく事前協議が必要。」と記載されていた。沖縄県浄化槽取扱要綱(2.3(3)を参照)によると、地下浸透処理は「原則として禁止」であり、例外と認められる条件を満たしたうえで、「届出に当たって、保健所長と事前協議をしなければならない。」ことが定められている(第5条第4項)。八重山保健所に問合せて説明を受け、必要な条件についての解説が記載された「浄化槽の構造基準・同解説」の写しももらい、細かく確認を行った。
*₁開発許可通知書
(1)「保健所長と協議しなければならない。」の意味と効果
県建築指導課が八重山保健所に行った意見照会の回答文書*₂から、開発許可を受けた計画は、地下浸透処理に必要な土地条件を満たしていない点があることはわかっていたが、それがホテル建設計画にどのような影響を及ぼすのかを私たちは把握できていなかった。
浄化槽設置届出について八重山保健所に確認したところ、保健所長との事前協議をしても、条件を満たしていなければ協議を終えることができず、「事前協議終了通知」を受けることができない。そして、「事前協議終了通知」を受けないまま建築確認申請をおこなっても、建築確認は受けられないという事実が判明した。
(2)保健所長との事前協議と建築確認の関係
(3)現行計画が、地下浸透処理に必要な条件に適合していない点について
原則禁止となっている浄化槽放流水の地下浸透処理については、次に示される条件を満たしたうえで、保健所長との事前協議をおこなわなければならない。開発許可が出される前に県建築指導課が八重山保健所に行った意見照会の回答文書と、設計を担当した建設コンサルタント会社が八重山保健所と行った事前相談の記録「業務打合せ記録簿」からは、開発許可を受けた計画は、土壌の質と浸透速度の点で地下浸透処理に必要な条件に適合していないことがわかる。ただし、保健所長との事前協議は、開発許可を受けた後に浄化槽設置の届出を行うまでに必要な手続きなので、この時点で開発計画や開発行為に違法性があると示されたわけではない。
沖縄県から開示された八重山保健所との事前相談の記録からわかったこと
本来、2m以上必要な粘土層が0.8mしかなく、その直下は透水性の高い砂礫層、琉球石灰岩が続いていて、水脈に短絡する土質になっていること、また、浸透速度が上限基準の約20倍で極端に過大であったことが記載されていた。
これらは、敷地内の土質や地層にかかわる内容なので、汚水(し尿)の浄化槽処理水の地下浸透処理を行わない排水計画に変更し、沖縄県浄化槽取扱要綱に規制を受けない排水計画に変更することでしか解決できない問題であった。
2.4 請求を却下する判決が下されたが、原告の実質的勝利といえる理由
(1)「白保リゾートホテル建築工事の差止」の実現
訴訟では、白保リゾートホテル建築工事の中止を求める原告の請求を却下する判決が出された。しかし、判決では、開発許可を受けた現行の開発計画には保健所から指摘されている問題点があり、計画を変更しなければ建築確認が受けられる見込みがないと判断された。
この点、着工してから計画を修正すればいいのではないかとも思えるが、下の沖縄県のホームページにあるとおり、現在の法律に基づく建築手続きでは、工事着手前に建築確認申請を行うため、建築確認が受けられない開発計画では、現実には着工もできないことがわかる。つまり、開発事業者Y₂が開発許可を受けた開発計画は、着工できないことが裁判で裏付けられるにいたったのである。
沖縄県HPより
宅地開発と違い、建築物を建てる開発計画の場合、開発工事と同時に建築工事が行われるが、その場合は、「開発完了公告前の承認申請」を行わなければならない。しかし、保健所から「事前協議終了通知」が出てないので、「建築確認申請」をしても「建築確認通知」が出ないので、「開発完了公告前の承認申請」ができない。だから工事着手もできない。
(2)計画を変更しても、すぐに着工することができない
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沖縄県建築指導課に確認したところ、開発許可を受けた計画の排水計画を変更する場合、開発許可の変更許可(都市計画法 第35条の2)が必要になる。
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開発許可の変更許可を受けるためには、開発許可の変更許可申請書を石垣市に提出する。石垣市の条例では、石垣市自然環境保全条例に基づいて、市長が不同意をした開発行為計画を変更する場合は、あらたな開発行為として受け付けるという答弁が市議会でなされている。すなわち、住民説明会がおこなわれ、あらためて地域住民や市長の同意が求められる、開発許可申請と同じ手続きが必要になる。
(3)計画を変更すること自体が困難
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計画地は、汚水の地下浸透処理に不適合
建設予定地は、原則禁止となっている地下浸透処理に必要な土壌の条件に適合していない。つまり、土地自体が地下浸透にふさわしくないため、汚水の浄化槽排水を地下浸透処理する計画は実現不可能である。
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汚水の浄化槽処理水を散水やトイレへの再利用は違法
し尿を含む水の浄化槽処理水は、地下浸透させずに散水やトイレなどの清掃用水に使用することは法律(建築物における衛生的環境の確保に関する法律=ビル管理法)で禁じられている。
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し尿だけを別処理しようとしても石垣市の汚水処理場が対応できない
保健所が浄化槽排水について所管するのは、あくまで“し尿処理”の浄化槽排水なので、し尿と生活雑排水を別系統で処理し、生活雑排水のみを地下浸透させることは禁止されていないため、保健所の事前協議も不要である。しかし、し尿の処理水は、汲み取りや高度浄化処理を行うことが考えられるが、現在の石垣市の汚水処理場は、計画されているホテルの規模の汚水を処理するだけの処理能力がない。また、高度浄化処理を行う場合は、上水道に近い浄化された水と高濃度の処理水や汚泥が発生することになり、高濃度の処理水や汚泥は石垣市内では処理することができないことが、石垣市の下水道部で確認された。