1.白保リゾートホテル問題とは
1.1 概要
白保は、沖縄県石垣島の東部に位置し、赤瓦屋根や石積みの塀など昔ながらの沖縄の景観が多く残る、人口約1600人の集落。周辺海域にはサンゴ礁が発達し、北半球最大のアオサンゴ群集が生息。海域は、西表石垣国立公園の海域公園地区に指定されている。
2016年、白保集落の北約700m、海から約100mのところに年間10万人の利用を見込む大規模リゾートホテル建設計画が公表された。
2020 2月白保リゾートホテル問題連絡協議会パネル
この計画による地域生活や周辺環境への悪影響を懸念した住民は、石垣市や沖縄県に対して計画の問題点を指摘し、計画を変更するような指導を求めた。また、地域の意見集約と効果的な意思表示を実現するために「白保リゾートホテル問題連絡協議会」を組織して沖縄県に対して開発許可を出さないように署名を集め、要望書とともに提出するなどの働きかけを開始した。ホテルからの排水が白保海域の貴重なサンゴ礁生態系に重大な悪影響を与える懸念が指摘されていたため、WWFジャパン(世界自然保護基金)やNACSJ(日本自然保護協会)からは、ホテル建設計画に対して開発許可を出さないように意見書が提出された。
しかし、2018年3月、沖縄県から開発許可が出されたため、同年9月、住民の中からサンゴ鑑賞ツアーを行っているエコツアー事業者と漁業者計7名がホテル建築工事の差止を求めて開発事業者Y₁を提訴した。(提訴後の同年10月、Y₁の親会社であるY₂がY₁を吸収合併し、Y₁は消滅。Y₂が地位を承継。)
訴訟は、2020年3月、実質的な審理に入る前に原告の請求を却下する判決が出て、形式的には原告が敗訴して終了した。しかし、被告であるY₂が開発許可を受けた計画は、本来、原則禁止とされている汚水の地下浸透処理を例外的に実施するために必要な土壌の要件を備えていない事実を原告側が指摘した結果、開発許可を受けた計画は、そのままでは建築確認が受けられず、排水計画を変更しなければならないことが判決に示されている。
排水計画の変更は「開発許可の変更許可」が必要であり、訴訟の結果、事実上開発計画は中断してしまったため、実質的に原告の請求が実現され、勝利するというめずらしい結果となった。ただし、開発許可が取り消されたわけではないため、リゾートホテル建設計画はいまだに存続している。今後、計画が変更され、「開発許可の変更許可」が申請された場合には、市条例に基づいて住民説明会などが実施されることになるが、地域の同意に基づかない計画で同じ争いの経過をたどらないことを願いたい。
1.2 住民があげた問題点
開発事業者Y₂が石垣島に子会社Y₁を設立して企画した白保のリゾートホテル建設計画は、何が問題なのか。住民は、計画の問題点を整理して具体的に明示することを心がけた。
建設予定地周辺には公共下水道が無いため、浄化槽排水を地下浸透させる計画。サンゴは、貧栄養環境で生育するが、浄化槽排水から流出する窒素やリンなどの栄養塩は、地下水となって海域を富栄養化するため、国立公園の海域公園地区に指定されている貴重なサンゴ礁生態系が、規制外の地下水の影響によって破壊されてしまう可能性が高い。白保のサンゴ礁は、漁業者やサンゴ鑑賞ツアーを行う事業者の生活の基盤であり、住民も海での釣りや海藻を取るなど、サンゴ礁生態系からの恵みを生活に取り入れているので、サンゴ礁生態系が破壊されれば、サンゴが減少するだけでなく、海藻や魚貝類も大きく影響を受け、住民の暮らしにも影響が生じることになる。たとえ排水基準を満たしている浄化槽であっても、排水に含まれる窒素やリンの濃度はサンゴが生育できる上限の約100倍であり、特殊な環境が求められるサンゴ礁海域に排水を地下浸透させることは、許容できるものではない。
<参考>
沖縄県に地下浸透に関わる指摘書と要望を送付2017.11.24
⑵ 年間10万人の利用客による観光負荷の懸念
人口約1600人の静かな農村集落にとって、年間10万人もの観光客が利用する施設ができることで、様々な観光負荷が懸念された。白保では、以前から観光客の迷惑行為が話題に上がることがあったことから、住民の懸念は当然の成り行きであった。
交通量の増加
一日当たり約500台増加が予測される。集落内を走る国道は、小中学校や商店に面し、児童や高齢者の道路横断に負担や危険が増す。
集落内への流入
生活圏である集落内に多くの観光客が流入することで、不用意に家屋や庭が撮影されたり、そのために屋敷内に無断で侵入する迷惑行為が頻繁に起きるようになる。リゾート感覚で水着で散歩するなど、風紀の悪化も懸念される。
サンゴへの影響
利用者数の制限もないままシュノーケルでのサンゴ鑑賞ツアーが多くの客を受け入れれば、過剰なストレスによってサンゴは減少してしまう可能性が高い。
生活環境の変化
農業集落としての暮らしや景観を維持してきたところが、何の規制もないままに観光客向けの店舗の増加や深夜まで営業する接客業の開業など、住民が望んだわけでもないのに暮らしに大きな変化が生じる恐れがある。
⑶ 光害
ホテル建設予定地に隣接する海辺には、ウミガメが産卵に上陸する。周辺に人工物が全くない暗い環境が、ホテルの照明によって一帯が明るくなり、産卵行動やふ化後の行動に影響する可能性がある。また、白保海域では夜間の電灯潜り漁がおこなわれている。サンゴをよけながら夜間に船で移動しながら素潜りで漁をする際に、陸域からの光の反射で航路が見づらくなり事故の危険が増す可能性がある
<参考>
⑷ 景観基準を逸脱
中心となるホテル棟は、石垣市風景計画が定める基準(13m)を大きく超える高さ(17m、のちに22mに変更)の建築物。しかし、石垣市の基準に強制力はない。周辺に高層建築物が全くないなかで、強制力がないからといって、基準を大幅に超える建築物は、観光客が開放的な農村を感じ取る地域の景観を破壊する。
2020 2月白保リゾートホテル問題連絡協議会パネル
1.3 住民による組織的な取り組み
2つの違った組織を作ることで、意見の集約と情報の共有とは別に、組織ごとで役割を分担し、公的な自治組織としては取り組みにくい訴訟支援を一方の組織が重点的に行うことで、効果的な活動を行うことができた。
白保リゾートホテル問題連絡協議会
白保地域の自治組織である白保公民館の傘下および関連の4団体が一体になって問題にあたる窓口として、2017年7月に設立。
問題に対する要望や質問が、個人ではなく地域住民の声を集約したものであることが明確にわかるようにした。活動は、住民への周知と住民への活動と情報発信に努め、訴訟への直接的な関与はしない立場をとった。
主な活動
構成団体
・白保魚湧く海連絡協議会
・白保ハーリー組合
・NPO夏花
・白保日曜市運営組合
白保リゾートホテル訴訟を支援する会
白保リゾートホテル建築差止訴訟の原告を支援するために、提訴に合わせて12人の発起人で設立。(1)
の白保リゾートホテル問題連絡協議会は、地域の自治組織の参加団体なので、訴訟関連の活動に直接かかわると様々な軋轢を生じる可能性があった。それを回避するために少人数で、自治組織と密接にはかかわらない立場の個人が発起人になり設立。支援団体として訴訟費用の負担軽減のためにカンパの呼びかけや積極的な訴訟関与を行った。
主な活動
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訴訟準備(組織づくり(意思決定手続き、会計等を規約化)、代理人弁護士の選任、訴訟費用の調達、HP・SNS等広報手段の確保)
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賛同団体・賛同者を募り、訴訟支援活動の輪を拡大・強化
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原告団と一体となって訴訟についての記者会見などの広報活動
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原告の訴訟費用支援のためのカンパ活動と支援金の管理
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証拠資料の収集